浅草岳：5月合宿　後発隊

　空は快晴。天場付近と同じく五味沢付近も見事な新緑だ。 朝、天場で5℃近くまで下がっていた気温もどんどん上がってきている。 ムジナ沢を登る事になる。

　浅草山荘裏の林道を辿り、終わったところより東寄りになる上部山腹に沿って樹林の中を登りだす。雪の残った山毛欅（編注：ブナ）林に出ると山裾を巡らせた導水路に出た。 この道を辿る事にする。水流の脇には薄桃色や赤紫の花をつけたイワウチワとショウジョウバカマが咲き始めている。 しかしこの導水路はムジナ沢に間もなく出てしまい、ムジナ沢を登る事になる。 記録だともう少し左岸を登って850m付近で沢に出ているようだが・・・。

　雪代で増水したムジナ沢に沿ってスキー兼用靴で歩くが、ゴロゴロの沢筋は歩きづらい事このうえない。 靴を脱いで渡渉の場面も出て効率はよくない。 雪がびっちり沢に残っていれば別だろうが、5月の声を聞く今、沢どおしはやはり正解ではない。 スキーを背負った鈴子、ノリ、花、歩き組みの三橋、原岡、野村の6人でともかく今は歩きに専念して上流を目指す。

　背後の谷間に守門岳の連山が大きく見えるようになってくる頃には沢筋に雪が多くなってきた。 右岸の高みの新緑の中、オオヤマザクラが5本程咲き初めて目に鮮やかだ。 その花の上方は新緑がまだ淡く、さらに目をあげると山毛欅の林は芽吹き未だしである。 沢床を雪がおおい始めたが落ちこみや淵尻ひな水流が出ており気は抜けない。 左岸より巻く滝はまだかと思いつつ登ってゆくとやっと正面に滝が見えてきた。 が、それは右岸より落ちる滝で本流の滝は右曲したそのすぐ先にあった。 右岸は巻けず、左岸を記録どおり巻く事になる。 左岸は広目の斜面になっており、雪の下には水流がかくれているようだ。

　大滝と呼べる滝の上はひらけ、雪に埋っていた。 沢床も顔を出す事なく白い世界だ。 左にのび上がる尾根は嘉平与ポッチとやらの尾根上の小ピークに続いているのだろうか。ルートにもとれそうな感じだ。 間もなく二俣に着いた。やっと1160m付近まで登った事になる。

　左俣は前岳方面。右俣は鬼ヶ面の北岳方面に続いているようだ。 この時点ですでに12時半。意外に時間を食っている。 14時すぎ位に頂上に着けばよいが、それ以上だと帰りの時間が気になる。 二俣で鈴子と花岡はスキーを履き、ノリは背負ったままで行く事になる。 三橋、原岡、野村は変らずツボ足である。 空はうすく雲が出ているが眩しい光にあふれている。

　左俣に入るとスキーに履きかえた鈴子がシールを利かせ先頭でグングン登っていく。 左俣に入るとまた二俣になるが、左の広大な雪の斜面に入っていく。 本当は右が本流であったが、この時点では目の前に広がるカール状の斜面が尾根に早く出れそうで、こちらに入ってしまった。 カール状の斜面がは次第に立ち上がり、三橋、原岡、野村、鈴子、ノリはそのまま直登。鈴子はシールを利かして頑張ったが途中で板を脱ぐ。 左手の小尾根状に逃げた花岡もスキー登高をあきらめ、板を脱いで背負って登る。 稜線手前ではストックと手を雪に刺してのキックステップになった。

　抜けたところは嘉平与ポッチ（1484.7m）の小ピーク手前であった。 先の5名は尾根上を先行している。 ヘロヘロになった足をだましつつ追いつくべく先を急ぐが、二俣付近まで元気だったはずの足がいう事を利かない。 一気に展けた春霞の会越国境の山々を眺める息つぎが多くなり、進まない。 雪の消えた縦走路脇には、5月の光の中カタクリの赤紫がもう咲き始めている。 それにしても、こんなバテバテでスキー滑走が出来るのだろうか不安になる。

　前岳でノリに追いつくが三橋と原岡はもう浅草岳山頂手前の湿原を抜けようとしている。スキーをデポした鈴子の板のそばにノリと花岡の板を雪に刺し頂上に向かう。 ここが頂上だ！と言って登高を終わらせたかったがそうもいかない。 頂稜に雪は少なく、南東方向に切れ落ちた鬼ヶ面の断崖が地擦りの跡もものすごい姿で見えてくる。 高校生の頃、残雪期の鬼ヶ面の登攀記録を読んで以来、鬼ヶ面の山容は熱い思いとして心の中にあったが実見すると想像した以上にボロボロの壁で鬼ヶ面は眺める山かも知れないと思ってしまった。

　山頂は我々以外に誰も居らず、静かだ。 晴れてはいるが午后の山頂はもう春霞に包まれ遠くの山々は同定できない。 ただ会津側の山里がすぐ目の下に見えるのが不思議な感じがした。 越後側の山の深さとの落差が大きいためだろうか。 大いそぎで水と行動食を口にし、写真を撮り、下山にかかる。 三橋、原岡、野村は夏道へ。鈴子、ノリ、花は前岳西肩より南西方向に開けたムジナ沢滑降へ。

　嘉平与ポッチよりオーレッ！のコールをかける夏道組にオーレッ！のコールを返し、鈴子を先頭にムジナ沢の源頭に滑りこむ。 広大な斜面は荒れているが一面のザラメの世界だ。 斜面はところどころに山毛欅の木が疎らに生えているだけで遮るものはない。 アッという間に前岳から鬼ヶ面の稜線が頭上高くなり、午后の光が溢れているカール状の沢床に着いてしまった。 久々にスキーを履くというノリもそれなりに転倒する事なく滑っている。 二俣はすぐ。傾斜が落ちると「ワックスの効きはどうした！」と言いたくなるほど板は滑らず、実に回転しづらい。

　大滝までは沢底沿いに滑り、大滝は左岸を高く巻いて滑る。 鈴子が先に立って滑りやすいルートをどんどん選んでゆく。 ノリは二俣の辺りからボーゲン中心の滑りの疲れがでて足がへたり、遅れ気味。 大滝以降は左岸を斜滑降気味に下りつづけ、右手の割れだした沢底を離れるようにしてゆく。 雪は以外につながり、一部で板を脱いだぐらいでどんどん滑ってゆける。 下がるほどに再び新緑が美しく、谷間の先の正面に守門が高くなってくる。

　地図上850mから800mにかけてのコンター（編注：等高線）がゆるんだ、左岸のゆるやかな斜面は山毛欅の新緑がひときわ美しく、振り仰げばオオヤマザクラの淡紅色がひと叢鮮やかだ。 傾いた陽の下には守門岳。思わずスキーを止めて見とれてしまった。 すてきなのはこの辺りまでで、この先杉の植林が現れ始め、植林を避けつつ800mから750mにかかる小沢の源頭を左にまわりこみ、さらに杉の植林を避けるように凹地状に滑りこむ。 凹地状の杉林の中を右手に抜けて下ってゆくと朝の導水路道に下りたった。 心良い満足感が湧いてくる。

　浅草岳山荘に帰りつくと夏道組の姿があり、つい先程着いたとの事。 下山中道を失い、ルート捜しをやった由。 とりあえずスキー組も含め残業にならずひと安心である。 ワンワンに集まるブヨを手で払いながら、大白川でビールを買いこみベースの守門岳登山口の天場に向かう。 ここで三橋、鈴子組は下山。残った4人で気勢はあがらないが宴会とする。 疲れのためかすぐに酔っぱらってしまった。

　次の朝も晴れた。本当に心良い山毛欅の新緑な中、残雪の天幕で迎える朝日は花岡にとって久し振りだった。 麓の濃い緑が残雪の中の緑になり、さらに上部の残雪に向い淡い緑となって冬の木立に変ってゆく緑のグラデーションに、原岡が「こんな新緑は初めてです」と感動していたのが印象的だ。 私もそんな感性をいつまでも持ちたいものである。 後は新緑の越後の山里を温泉を経て藤沢に帰るだけだ。